部長もたまには断りましょうよ、依頼 by悠真
著者:高良あくあ
*悠真サイド*
「……どこのラブコメの主人公?」
「うっ……」
授業の合間の休み時間、彩桜学園高等部、一年三組の教室にて。俺は、呆れた顔をした友人にそんなことを言われていた。
今日は月曜日。森岡さん……じゃなかった、紗綾がうちの部に入部したのは金曜日のことである。土日の間に初デートなんかして来たらしい陸上バカは、ニヤニヤしながらこんなことを言ってくる。
「まったくだよなぁ。悠真、俺に感謝しろよな。秋波が俺のことを好きじゃなかったら、森岡さんと知り合ってすらいなかったんだぜー、お前」
「俺が感謝する前に、お前が色々と反省するべきだと思う」
「そうだね、僕も同感。それに……」
頷く友人――灰谷海里(はいたに かいり)。俺とは小学校からの付き合いであり、中学で仲良くなった目の前のバカよりも俺にとって信用出来る相手である。いや、陸斗は素で信用出来ないけどさ。
俺が教室でいつも一緒にいるのが海里と陸斗であり、海里だけが瀬野さんと陸斗のことや、紗綾がうちの部に入部したことを知らなかったため、朝から授業の合間に説明していたのだが……その反応が、さっきの一言だ。
ところで、妙な部分で言葉が途切れたぞ。
「それに、何だよ?」
「……何でもないよ」
僅かに顔を曇らせ、首を横に振る海里。余計に気になる。頼むから、そういう気になることは最初から言わないで欲しい。
「それにしても、驚いたぜ。森岡さんがそんな依頼をしていたなんてさー」
一応話を逸らそうとしたのか、それとも何も考えずにか……陸斗がそんなことを口にする。恐らく後者だろう。
嘆息する。
「お前があまりにもバカで鈍くてどうしようもない奴だから、紗綾もこんなのに瀬野さんを任せて良いのか不安だったんだろうな」
「同感。と言うか、多分今でも不安だと思うよ」
「何だとぉっ!?」
あっさりキレる陸斗。……いや、そういう性格だから不安に思われるんだって気づけよバカ。
***
チャイムが鳴る。と同時に、陸斗が慌てて自分の席に戻ってくる。陸斗の席だけが離れているのだ。不憫。ちなみに海里は俺の前の席である。
その海里が話しかけてくる。
「そうだ、悠真。ちょっと科学研究部に依頼したいことがあるんだけど、放課後行って良いかな?」
「ああ、別に良いと思うけど。何だ?」
「うーん……ここじゃ詳しくは言えないけど、学校ともあまり関係の無い護衛任務」
「ああ、そういうことか。……大変だな」
こいつは特定の部活には入っていない。が、学校以外に何か特殊なコミュニティに所属していたことがあるらしく――いや、今もそうなのか?――そういう関係で、たまにどこの正義の味方だと言いたくなるようなことをやっている。恐らく今回もそんな感じなのだろう。さっき海里は俺をラブコメの主人公と言ったが、本当に主人公体質なのはこいつじゃないだろうか。
海里は嘆息する。
「本当にね……」
「まぁ、科学とは全く関係の無い依頼をされる辺り、うちの部が生徒にどう思われているのか分かるけどな」
恋愛関係以外の依頼も受け付けているためか、最早便利屋扱いだ。
「そうだね、聞きたい? 噂とか、凄いのが色々とあるけど」
「いや、期待に答えられなさそうだから、遠慮しておく」
俺はあえて聞かないようにしているため詳しくは知らないが、うちの部の噂は最近どんどん凄いことになってきているらしい。そんな部に自分から入って来ちゃった紗綾の神経を少し疑うが……まぁ、紗綾にも何か考えがあったんだろうな。
***
放課後。陸斗と別れ、海里を連れて部室へと向かう。
「ちわー。もしかして遅れました?」
「遅れたわね」
「遅れましたね」
言いながら笑う二人……部長と紗綾。そして、部長が俺の後ろの海里に気付く。
「あれ、悠真それ……海里だっけ? 合ってる?」
部長のそんな、問いに苦笑する海里。……と言うか部長、『それ』は無いと思いますよ。
「合っていますよ、灰谷海里です。覚えていて貰えたようで何よりですよ」
「そりゃ、あれだけ迷惑かけられれば覚えるわよ」
「……って、部長、若干記憶に無かったっぽいですが」
ツッコムと、部長は悪気の無さそうな顔で笑う。
「そうね、無かったわ。それより海里、どうせ依頼でしょ? とりあえず座りなさい」
「あ、はい」
頷き、椅子に座る海里。そこで、海里と紗綾の目が合う。紗綾が微笑む。
「お久しぶりです、海……灰谷君」
「うん、久しぶり」
そんな言葉を交わす二人。思わず首を傾げる。
「……二人とも、知り合いなのか?」
*紗綾サイド*
「うん。前に、今回依頼したいことと同じような護衛任務があったんだ。その時、護衛していた会場で会って、少し話しただけ」
悠真君の問いに灰谷君は頷き、そんな答えを口にする。悠真君が私に顔を向ける。
「へぇ、そうなのか? 紗綾」
「ええ」
頷く。
もちろん、嘘だ。
まぁ、彼の護衛任務中、その会場で出会って話したこともあるけれど……それだけじゃない。
……悠真君は、覚えていないだろうけど。
*悠真サイド*
「で、海里。依頼の内容は?」
まだ少し疑問はあったものの、部長のそんな、言葉で頭の中を切り替える。
海里が答える。
「えっと……とある護衛任務なんですけど。依頼主がどうしても断れない相手だったので受けたんですが、今回任務につけるのが、僕以外に二人しかいないんです。だから、誰か信頼出来る人間を呼べるなら、呼んで構わないと言われたので」
「だから俺かよ」
「悠真だけじゃないだろ? まぁ、この中じゃ一番信頼出来るのは確かだけど」
「はいはい」
そりゃ小学校からずっと一緒ですからね、信頼関係ぐらい築くさ。
海里は部長の方を向く。
「今週の水曜日なので学校は休ませてしまうことになりますけど、そちらが望むなら報酬も出すそうです。どうでしょう?」
「ああ、要らないわよそんなもの。タダで引き受けるわ」
「軽っ!」
思わず叫ぶ。
「何よ、悠真?」
「あの……良いんですか? そんなにあっさり依頼を受けてしまって……」
紗綾が答える。部長はあっさりと頷く。
「良いのよ。依頼主が悠真の友達だし、それに海里には前にも同じようなことを依頼されたしね。あれも何だかんだで楽しかったし」
「楽しかったんですか……」
まぁ、確かにそうかもしれない。あの時も結局、何も無かったし。
海里が嬉しそうに言う。
「じゃ、依頼成立ですね。よろしくお願いします」
「ええ。……海里って剣道部とか柔道部とか、そこら辺にも顔が利くんでしょ? 何でそういう運動系の部活じゃなくて、私達に依頼したわけ? 護衛なら、そっちの方が適任だと思うけど」
「ああ、はい。それなんですけど、護衛の相手がとある科学者でして、その講演会場での護衛なんですよ。科学研究部がそこにいても全く違和感がありませんけど、剣道部や柔道部だと……別にいちゃいけないってことはありませんが、何か場違いじゃないですか」
「なるほどね」
部長の目が輝く。……乗り気だな、部長。
「楽しそうじゃない。海里が来るなって言っても行かせてもらうわよ。悠真も紗綾も、それで良いわね?」
「ええ、構いませんよ」
紗綾が答える。俺は、頷くだけに留めておいた。
……嫌だと言っても、無理やり連れて行かれるだろうからな。
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